聖路加国際病院

St Luke's International Hospital

神経血管内治療科

神経血管内治療科のお知らせ

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脳動静脈奇形

脳動静脈奇形とは

脳動静脈奇形は人口10万人に約1人というまれな血管の病気で、動脈と静脈が短絡し、増加した血流によって静脈が拡張する先天性の病気です。まれに、脳動静脈奇形を発症する遺伝疾患に伴って起こることもあります。正常状態では、動脈は末梢に行くにしたがって樹枝状に枝分かれして小さな血管になり、最後には毛細血管と呼ばれる細い網目状の血管になります。ここで血流は低下し、組織に栄養や酸素を渡し、老廃物を取り込んで小さな静脈へと流れていきます。静脈は、組織から離れるにしたがって、体のいろいろな部分の静脈を統合して大きくなって行き、心臓に帰って肺などで浄化され、また心臓から動脈を通って再循環します。脳動静脈奇形では、毛細血管が存在せず、比較的大きい動脈と静脈が直接結合しています。動脈と静脈の短絡の間に、ナイダスと呼ばれる機能していない血管のかたまりが存在するものとしないものがあり、存在しないものは動静脈瘻と呼ばれています。脳動静脈奇形を構成する動脈と静脈は複数存在する場合もあり、ナイダスと動静脈瘻の混在する病態もあります。このような動静脈短絡が存在しますと、血圧が高く血流も速い動脈血が壁の薄い静脈に流入するために、静脈が拡張します。このような血流に静脈が耐えられなくなると出血がおこります。また、動静脈短絡の部分では、毛細血管がないために血管抵抗が少なく、多くの血液がこの部分に吸い込まれるような状態がおこり、周りの脳への血流が減って十分な酸素や栄養分が供給されなくなり、痙攣や機能障害による麻痺や知覚障害などの脳機能障害が起こります。長年月の間には、抵抗の少ない動静脈短絡の部分への血流がどんどん増えて、多くの動脈が短絡部分に流れ込むようになり、それらの動脈も径が大きくなって、動静脈奇形そのものがおおきくなり、症状も出やすくなります。一般に、脳動静脈奇形の部分には正常な脳が存在しないと言われていますが、特殊なタイプの奇形で、中に正常の機能を持つ脳組織が介在しているものもあります。

症状

脳動静脈奇形の約半数は出血で発症します。年間の出血率は2-4%と報告されており、一旦出血するとその後1-2年は再出血率が高くなりますが、やがて年間2-4%に戻ります。出血が起こると突然の激しい頭痛とともに、意識障害、出血した部分の脳機能障害(麻痺、知覚障害、視野障害、嚥下、呼吸障害、運動失調など)が起こります。稀に、脳動静脈奇形の栄養血管の動脈瘤が破裂してくも膜下出血を起こすこともあります。出血した場合の死亡率は約10%、脳機能障害の発症する率が30-50%と報告されています。脳動静脈奇形の診断される平均年齢は33歳で、脳動脈瘤に較べるとより若いひとに発症する病気と言えます。その他の発症症状は痙攣、出血以外の脳機能障害などで、外傷後の検査などで偶然に発見される場合もあります。

診断

出血の診断はコンピュータトモグラフィー(CT)によって行われます。造影CTやMRIを行えばほとんどの場合脳動静脈奇形の診断は可能です。治療方法を検討するためには、血管撮影装置を使うカテーテルアンギオを行って、栄養血管と還流静脈の細かい検討、正常血管との関係、栄養血管やナイダス、還流静脈に瘤がないかどうかなどを検討する必要があります。

治療

脳動静脈奇形の治療法は、外科的切除、定位的放射線治療、血管内治療が主なものです。外科的切除は、奇形の部分をうまく全部摘出してしまえば根治できるので、一番手っ取り早い治療法と言えます。しかし、手術侵襲が大きく、出血量も多く、手術で摘出できない部位や大きさの病変も多く存在します。定位的放射線治療は、頭がい骨や脳を切開しない利点がありますが、あまり大きなものに対しては効果が少なく、放射線照射による合併症もおおくなるという欠点があります。一般に脳動静脈奇形の体積が10cc以下、あるいは最大径が3cm以下の病変が適応になります。また治療から奇形の閉塞まで約2年間かかり、その間は出血の予防効果がないとされており、出血で発症した脳動静脈奇形の治療法としては閉塞までの間の再出血という問題があります。合併症としては、奇形周囲の脳や神経の放射線障害があります。血管内治療は、病変部を血管の中から閉塞させる治療法で、外科的切除よりも侵襲が少ない利点がありますが、大きな病変に対して根治できる確率は低く、それらに対しては、外科的切除や定位的放射線治療との併用や、それも不可能な場合は、動脈瘤などの危険性の高い部分のみ閉塞させる姑息的療法として行われます。以下に詳しく説明します。

脳動静脈奇形に対する血管内治療

脳動静脈奇形に対する血管内治療は、全身麻酔下に、非常に細いチューブ(マイクロカテーテル)を、足の付け根の動脈から血管の中に挿入し、X線を見ながら病変部まで誘導して、そこから奇形の部分を閉塞させる治療法です。閉塞に用いる塞栓物質は、接着性液体のNブチルシアノアクリレート(NBCA)、非接着性液体のオニキス、コイルなどが主なものです。NBCAはこの目的での使用が日本では認められていませんが、当院では倫理委員会で使用が承認されています。オニキスは、脳動静脈奇形に対する手術前の塞栓物質として日本で承認されており、当科の新見医師はこの物質の使用に関する日本の指導医のひとりです。コイルは血流の速い動静脈瘻や、脳動静脈奇形に合併した動脈瘤の閉塞に用いられます。

血管内治療は脳動静脈奇形に行っている栄養動脈一本ずつにマイクロカテーテルを入れて、病変に到達する必要があります。そのため、一回の治療で閉塞できる血管の数には限りがあります。小さい奇形は、一回の血管内治療で根治する場合もありますが、何回かにわけて治療する場合も多くあります。血管内治療によって一度にあまり多くの血管を閉塞すると、血行動態が大きく変わって出血しやすくなる可能性があるので、その意味でも何回かにわけて血管内治療をする意味があります。その場合、2回の治療の間隔は1か月から3か月ぐらいです。大きな脳動静脈奇形の場合は、血管内治療だけで根治することは少なく、場所によって外科手術や定位的放射線治療と併用することがよくおこなわれます。血管内治療をしておくと、外科手術の際の出血量が減らせて、手術の安全性と成功率が向上します。定位的放射線治療の前に血管内治療をして、動静脈奇形を小さくしておくと、放射線治療後の完全閉塞率を向上させることができます。また、出血例では、血管内治療で出血源と思われる動脈瘤などを閉塞してから放射線治療をすれば、動静脈奇形が閉塞するまでの約2年間の出血の危険性を減らすことができます。外科手術でも放射線治療でも治癒できない動静脈奇形に関しては、動脈瘤など出血の危険性の高い部分だけ血管内治療で閉塞させて、あとは保存的にフォローアップする場合もあります。

血管内治療の危険性は、術中あるいは術後の脳出血と脳梗塞です。脳出血は、塞栓物質によって奇形の静脈側が動脈側より多く閉塞された場合や、一度にあまり多くの奇形を閉塞させた場合に静脈への血流が減って静脈が詰まってしまった場合などに起こりやすくなります。後者の場合は、術後しばらくたってから出血することもあります。何回かに分けて血管内治療をすることなどにより、ある程度予防できますが、完全に予防することは不可能です。脳梗塞は、動静脈奇形の周囲の脳へ行っている血管が、治療によって閉塞された場合に起こることが多いですが、静脈の閉塞によっておこることもあります。脳の膜(硬膜)を栄養する血管から塞栓術を行った場合は、脳神経の麻痺による、失明、顔の運動や知覚の障害、嚥下、発声の障害なども危険性のひとつです。一回の血管内治療によってこのような合併症が起こる確率は、5-10%という報告が多いようです。その他、どの疾患にも共通する血管内治療の危険性として、足の付け根の動脈損傷やその部分の出血、わずかながら麻酔や造影剤による危険性などが加わります。これらは、後遺症を残す可能性は低く、マイナーリスクと呼ばれています。

このように、脳動静脈奇形の治療は、いくつかの治療を組み合わせて大掛かりになることも多いので、治療前に専門各科でよく話し合って、血管内治療、外科手術、放射線治療をどのように組み合わせて行うのかの治療方針を立てることが大切です。治療のリスクが高い場合は、治療しないで様子を見た方がよい場合もあります。一般に出血例に対してはできるだけ治療を行います。また、小児で出血以外の症状が出た場合は、すでに脳の代償機能が破たんしていると判断されるので、できるだけ早期に治療を行うことが推奨されます。

  • 脳動静脈奇形治療前血管撮影

    脳動静脈奇形治療前血管撮影

  • オニキス注入後の頭部写真:黒く見えているのが注入されたオニキス

    オニキス注入後の頭部写真:
    黒く見えているのが注入されたオニキス

  • オニキス塞栓術で治療後の脳血管撮影。動静脈奇形が消えている。

    オニキス塞栓術で治療後の脳血管撮影。
    動静脈奇形が消えている。

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