聖路加国際病院

St Luke's International Hospital

広報誌St. Luke’s Vol.46 特集

聖路加国際病院広報誌 セントルークス 2022.2 VOL. 46

特集泌尿器、呼吸器、乳腺の最新のがん治療

毎年、新たに100万人を超える方が「がん」と診断を受けています。
ただ、一昔前のようにがんは治らない病気ではなく、治療法の進化によって、治る病気、長く付き合う病気になってきました。なおかつ、手術をはじめとした治療法も、体への負担や治療後の生活の質も考え、「できるかぎり小さな負担で、一人ひとりの患者さんに合わせた方法」が工夫されています。
今回は、前立腺がん、腎臓がん、膀胱がんという〈泌尿器のがん〉、肺がん、縦隔腫瘍という〈呼吸器のがん〉、そして〈乳がん〉について、がん治療の最前線をお伝えします。

泌尿器科部長・ロボット手術センター長 服部 一紀

泌尿器科部長・ロボット手術センター長

服部 一紀

ロポット手術は、ロポット自体のパージョンアップもあり、この10年でどんどん進化しています。今後はロポットの種類も増え、ますますできることも増え、日本全体で広がっていくと思います。

呼吸器外科医長 小島 史嗣

呼吸器外科医長

小島 史嗣

正しい情報でも、その施設でできるのか、自分の病状に合うのかという問題もあります。今はオンラインのセカンドオピニオンもありますので、そうしたサービスを使うことも有用だと思います。

乳腺外科医長 吉田 敦

乳腺外科医長

吉田 敦

がんの患者さんにとって治療法の決断は難しいですよね。自分で理解して自分で決めるのが、一番後悔が少ないと思いますので、わからないことがあれば遠慮せずに声をかけてください。

泌尿器のがんの『今』

ロボット手術が主流に

泌尿器のがんで代表的なのが、前立腺がん、腎臓がん、膀胱がんです。
これら泌尿器がんの手術では「ロボット手術が主流になってきています」と、泌尿器科部長でロボット手術センター長も務める服部一紀医師は言います。
聖路加の泌尿器科ではロボット手術の実績が1300件を超えました。

ロボット手術とは、手術支援ロボット(ダヴィンチ)を使って腹腔鏡・胸腔鏡手術を行うこと。腹腔鏡・胸腔鏡手術では、従来の開腹・開胸手術のように大きくメスを入れるのではなく、小さく切開したキズから細長い器具を挿入して行います。その体に負担の少ない手術を、ロボット手術では、高解像度の3Dカメラ画像を見ながら、人の手よりも微細な動きを行えるロボットアームを操り行うことで、より安全かつ正確に行えます。

ロボット手術が最初に行われるようになったのが泌尿器科の領域で、日本では2010年頃から本格的に始まりました。それから10年が経った今、どのような状況にあるのでしょうか。

服部医師は次のように説明します。

「前立腺がんに対する『前立腺全摘術』、腎臓がんの「腎部分切除術」、膀胱がんの『膀胱全摘術』……と、ロボット手術の対象となる病気・術式が増え、泌尿器科では日常的な手術になっています。なかでも、前立腺がんの前立腺全摘術の場合、全国で年間1万件ほど行われているうち9千件以上がロボット手術によるものです。それぐらい、ロボット手術が主流になっています」

泌尿器科部長・ロボット手術センター長
服部一紀

手術後のQOL 機能温存にもメリット

ロボット手術のメリットは、腹腔鏡・胸腔鏡手術と同じように小さなキズで行え、なおかつ、人の手で行う腹腔鏡・胸腔鏡手術よりも精緻な動きを実現できること。そのため、手術後の固復も早く、また、手術後の生活の質にも利点があります。

前立腺がんの場合、術後に問題になるのが尿失禁や性機能障害。ロボット手術では従来の手術方法に比べて、こうしたリスクが下がることがわかっています。

また、腎臓がんの場合、従来の方法では片方の腎臓を丸ごと取らなければいけなかったような病状でも、ロボット手術では部分切除で済むことも。その分、腎臓の機能にゆとりができるので、「手術後の長い人生を考えると、メリットは大きい」と服部医師は指摘します。
膀胱がんの場合は、膀胱を摘出した後、尿管と腸をつなげて尿路を変える処置が必要になります。その際、ロボット手術では肉眼ではわかりにくい血液の流れを可視化することができるため、手術後のトラブルが減ることがわかっています。

このように利点の多いロボット手術ですが、「ダヴィンチは手術を支援してくれる〈道具〉であって、ロボット自らが手術をするわけではありません。操作をするのはあくまでも人(医師)です。そのため、「実績の多い施設ほど、ノウハウや経験値が積み重なっていると思うので、施設をお選びいただくポイントにしていただければ」と、服部医師はアドバイスを送ります。

呼吸器のがんの『今』

一人ひとりに合わせた手術方法の提案を

呼吸器のがんの代表が、肺がんと縦隔臆瘍です。呼吸器外科の小島史嗣医師は「肺がんにおいてはロボット手術はまだそこまで広がってはいませんが、泌尿器科と同じように狭い領域に入って手術を行う縦隔腫瘍では、ほとんどがロボット手術に置き換わってきています」と説明します。

縦隔腫瘍とは、左右の肺に挟まれた空間(=縦隔)にできる腫瘍のこと。胸骨の裏側などの狭い空間での手術になるため、胸腔鏡では難しく、アームを細やかに動かせるロボット手術のメリットが活きるのです。

一方、肺がんの手術においても、肺にできた腫瘍を取るだけではなく、縦隔のリンパ節郭清を伴う場合にはロボット手術の方がメリットが大きくなることも。そのため、「一人ひとりの患者さんの状況に合わせて提案しています」と、小島医師は言います。

呼吸器外科医長
小島史嗣

小さな肺がんをより確実に小さく切り取る

また、肺がんは、特にCTなどの画像診断機器の進歩によって小さいうちに早期発見されることが増えています。その小さな腫瘍に対して、「肺を小さく切り取る『区域切除』が、肺葉ごと取る『肺葉切除』よりも、5年生存率で上回ることが最近証明されました」と、小島医師。

肺は、右肺は3つ、左肺は2つの肺葉と呼ばれる部分に分かれています。その肺葉単位で切り取るのが「肺葉切除」、肺葉よりも小さく切り取るのが「区域切除」です。小さい肺がんの場合、従来は片方の肺を3割から5割取っていたものの、より小さく切り取ったほうがむしろ治療成績は良いことがわかり、肺を多く残せるようになったのです。

ただ、そのためには小さな腫瘍を確実に取り除くためのエ夫が必要になります。その一つとして聖路加では、「シュアファインド」という技術を関東圏で初めて導入しました。これは、小さな電子タグを肺の中の腫瘍がある部分に埋め込み、それを目印に切り取ることで腫瘍を確実に取り除くというもの。

「肺はやわらかい臓器で、手術中は胸の中で縮んだ状態になっているので、腫瘍の位置がわかりにくいのです。また、切除マージンといって、腫瘍からある程度離して切り取る必要があるのですが、シュアファインドを使うと切り取る範囲が正確にわかります」(小島医師)

ほかにも8Kの超高解像度内視鏡や3D画像解析システムなど、など先端の技術を導入し、より正確により負担の少ない方法で行う工夫を重ねています。

小さな腫瘍の場合、手術を受けるか経過観察を続けるか、手術を受けるにしてもどのような手術を受けるか、悩むことが多いと思います。病院や術者によって提案が異なることもありますので、セカンドオピニオンを受けることも大切です。

乳がん治療の『今』

予防手術も保険適用に
認定遺伝カウンセラー®が相談

女性がかかるがんで一番多いのが、乳がんです。乳がんの場合、「部分切除か全摘か、手術方法の選択にみなさんとても迷われます。また最近では、アンジェリ—ナ・ジョリ—さんの例でよく知られるようになった遺伝性乳がん卵巣がん症候群に対する予防手術も検討に入るようになり、さらに複雑になっています」と、乳腺外科の吉田敦医師は言います。

遺伝性乳がん卵巣がん症候群とは、がん抑制遺伝子であるBRCA1遺伝子またはBRCA2遺伝子に生まれつき病的な変化を認めているため、乳がんや卵巣がんに罹患しやすくなる遺伝性症候群のひとつ。日本人の約500人に1人ほどがこの遺伝子の変化を有していると言われ、乳がんや卵巣がんの患者さんではもっと高い割合になると考えられています。BRCA遺伝子に病的な変化があるかどうかは血液検査で調べることができますが(※)、ご自身だけではなく、ご家族にも関わるデリケートな惰報です。また、たとえ遺伝子に変化があっても、将来のリスクを減らすために必ずしも手術を受けなければいけないわけではありません。

「当院では、認定遺伝カウンセラ—®が患者さんの理解と選択を手助けするとともに、検査結果が出たあともフォローし、『娘さんやご姉妹にどう伝えればいいのか』『お子さんはどのぐらいから検診を始めればいいのか』など、さまざまなご相談に乗っています」(吉田医師)

BRCA遺伝子の検査も、検査で遺伝子の変化が明らかになった場合の予防手術も、2020年4月から健康保険が適用されるようになりました(※)。予防手術は、乳腺をあらかじめ取り除くことで将来的な乳がんの発症リスクを抑えるもの。その方法については、「きれいに再建ができるかどうかもひとつの大きなポイントになります」と、吉田医師。聖路加では、乳頭・乳輪と皮膚は残して乳腺だけを取り、内側にシリコンを入れる「乳頭乳輪温存乳房切除術」を取り入れています。

「手術中の視野が悪く、慣れなければ難しい手術なので、手術件数の少ない施設ではあまり積極的に行われていないかもしれません。もともと乳頭乳輪温存乳房切除術は予防手術から発展したものですが、事前の検査でがんが乳頭まで伸びていないことがわかれば乳頭を安全に温存できるので、当院では一般の乳がんの手術でも取り入れています」(吉田医師)

乳腺外科医長
吉田敦

(※)保険適用には条件があり、現状では乳がんまたは卵巣がんの発症が必要条件です。保険適用外でも検査は可能です(約20万円)

産婦人科との連携で妊娠中の乳がん治療も

肺がん同様に乳がんも、しこりとしては自覚できない小さな乳がん(=非触知乳がん)がマンモグラフィや超音波検査で発見されることが増えています。非触知乳がんは、その部分だけを確実に取り除くのが容易ではありません。そこで聖路加の乳腺外科では、放射線科と連携し、乳腺専門の放射線科医が事前に皮膚の上に印をつけてから手術を行う「マッピング手術」など、必要最小限に取り除き、なるべく乳房をきれいに温存できるよう工夫しています。

また、他科との連携という点では、産婦人科と連携し、妊娠期の乳がん治療にも取り組んでいます。今、晩婚化と乳がんの若年化によって妊娠中に乳がんが見つかる方が増えています。

「乳がんになったら妊娠はあきらめるしかない」と思うかもしれません。

でも、吉田医師は

「あきらめる必要のない方もたくさんいらっしゃいます。その方の人生にとってどのような方法がベストな選択なのかは我々医療者のみで答えを出せる問題ではありませんので、時間をかけて相談をしながら、まずは妊娠を諦めずに、乳がん治療が可能な方法を探ります」

と話します。

そのためには経験と知識、そしてチームが必要。聖路加では月に1回、産婦人科と乳腺外科でカンファレンスを行っています。

非触知乳がんのマッピング手術も、妊娠期の乳がん治療も、チーム医療があってこそ。
「他の施設で『全摘しかない」と言われセカンドオピニオンに来られた方でも、『温存可能かも知れません』とお話しさせていただくこともあります。また、妊娠中に乳がんが見つかってもがん治療を遅らせることなく行いながら赤ちゃんも無事に出産できることもあります。まずは我々のようなチームのある病院にご相談していただきたいと思います」(吉田医師)

がん治療のこれから

ロボット手術についてはこれからさらに新たなステージ ーロボット手術3.0ー を迎える、と服部医師は言います。

泌尿器科の限られた手術だけで行われていたのが「1.0」、泌尿器科でもいろいろな手術に応用され、泌尿器科以外の科でも保険適用されるようになったのが「2.0」。
では、「3.0」はーー。

「これまではダヴィンチという一種類のロボットをいろいろな科で工夫しながら使ってきましたが、今、ダヴィンチ以外のロボットも販売され、ロボットの種類も増えつつあります。これからは各診療科、各手術に特化したロボットが登場し、手術を補助する有用な機能もますます増えるでしょう。当院としては、そうした新しい技術・機械をできる限り導入し、より手術の質を高めていきたいと思います」(服部医師)

こうした装置の進化、技術の進化とともにがん治療も個別化が進んでいく、と吉田医師は指摘します。個別化とは、一人ひとりの患者さんの病状や体質、病気のタイプなどに応じた治療を行うこと。たとえば、乳がんの治療では、ホルモン受容体陽性でHER2陰性の場合、がんの遺伝子を検査して再発リスクを調べることで、抗がん剤治療を追加するかどうかを検討することができます(この遺伝子検査「オンコタイプDX」は今春より保険適用となる予定です)。その背景には、本当に必要な治療だけを行い、不要な治療、負担は減らしていきましょうという考えがあります。

外科手術も、「治療効果を保ちながら患者さんの負担をできるだけ小さくすることが追求されてきています。がんを治すことはもちろん、痛みや入院期間、日常生活への影響といった患者さんの視点を大切にしていきたいと思います」と小島医師は言います。

治療の選択に迷っている方へ

新型コロナウイルス感染症が流行した2020年には人間ドックやがん検診がストップしていた時期があり、それらが再開された今、がんの発見が増えています。がんと診断されると、どこで治療を受けるか、どんな治療を受けるかなど、さまざまな選択に迫られます。

今は医療情報が溢れている時代です。がんについても、インターネットで検索すればいろいろな情報が手に入ります。ただ、そのなかで正しい情報、自分に合った情報を選び出すのは難しいもの。つい、自分が期待する内容ばかりに目が奪われてしまうかもしれません。

一人ひとりの患者さんの病状は異なりますし、また医療情報の解釈も容易ではありません。だからこそ、服部医師は、「直接我々に率直に聞いてもらったほうが、早くて正確だと思います。私自身もわからないことがあるとついネットを見てしまうので、気持ちはよくわかります。でも、ネットの情報やお友達の話は予備知識としてとどめていただいて、大事な選択をするときには、やっぱり直接医師に相談しながら決めていただきたいと思っています」とメッセ—ジを送ります。

また吉田医師も、「僕ら医師が決められることばかりではないので、患者さんにとって一番後悔の少ない選択にうまく導いてあげられたらと思いながらいつも外来を行っています。ですから、遠慮せずに声をかけてください」と伝えます。

治療の選択に迷ったら、どうぞ主治医に、あるいはセカンドオピニオンとしてご相談ください。

セカンドオピニオンのお問い合わせ先

医療連携室

03-5550-7105

受付時間:月~金8:30~17:00(土日祝日を除く)

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