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小児の脳血管内治療
小児、特に新生児や乳児などの若年小児の脳血管内治療は、大人の場合と大きくちがっています。理由はいろいろありますが、ます手技面では、体のサイズが小さいので、使用できるチューブ(カテーテル)類が細いものに限られること、造影剤が多く使えないので、少ない量で検査、治療ができるよう工夫がいること、などがあげられます。病気の種類も大人の場合とは違いますし、病気によっておこる症状も異なります。これは、小児では遺伝子疾患が多く発症すること、脳やその指示組織がまだ発達段階にあるために症状もその影響をうけることなどによります。また、脳や全身に重大な影響を与える先天性の病気の多くは、生まれて間もなく発症します。また、小児は術前、術中、術後管理も大人とは異なっていますので、経験のある新生児科、小児科、麻酔科のドクターと共同で治療することが大切です。以下に小児の脳血管病変の特徴と血管内治療についてご説明します。
脳動脈瘤
脳動脈瘤は、喫煙や高血圧などを危険因子として長年かかって形成されるものが多いので小児に発症することは稀です。動脈瘤が小児に発生する割合は5%以下といわれています。小児に発症する場合は、大人の動脈瘤とは違う点がいくつかあります。まず、動脈瘤の発生部位が大人とは少し異なっており、脳の後ろの方の血管や内頚動脈の分岐部に発生するものが大人より多いのが特徴です。また、大きなものが多く、外傷、血管かい離、感染によるものや、血管の壁を弱くする病気に合併して発生するものが多いのも特徴です。治療は、外科手術、血管内治療による瘤のみの閉塞か、瘤の発生している動脈自体の閉塞、保存的観察のなかから、個々の症例について最も良い方法を選ぶことが大切です。
脳梗塞
動脈硬化のほとんどない小児における脳梗塞は、大変稀で、欧米のデータでは、年間人口10万人当たり1例ほどの発症率です。発症年齢は1-2歳に多く、それ以降はほぼ均等に分布しているようです。原因は、先天性心疾患、感染よる血管炎、血管かい離、もやもや病、血液疾患による血液凝固異常、代謝性疾患などが主なものです。症状の特徴は、発症時期がはっきりしなかったり、痙攣が起こることが多く、年少児に痙攣で発症する脳梗塞は、精神発育障害を起こすことが多いようです。脳梗塞そのものが血管内治療の対象になることは少なく、原因疾患の治療が重要です。
頭蓋内動静脈奇形
脳動静脈奇形
脳動静脈奇形は、小児の脳出血の原因として最も頻度が高く、脳動脈瘤の3倍といわれています。また、小児の脳動静脈奇形は約80%が出血で発症し、その頻度は成人よりも高く死亡率も高いと報告されています。
小児の脳動静脈奇形の特徴は、脳の深部に多いこと、太い動脈と静脈がナイダスと呼ばれる血管網を介さずに直接結合した動静脈瘻が多いこと、多発性の症例が多いこと、静脈の拡張や血栓などの静脈の変化が多いのに対し、動脈瘤を合併することは少ないことです。また、遺伝性出血性毛細血管拡張症(Hereditary Hemorrhagic Telangiectasia 通称HHT)などの遺伝子の突然変異によって生ずる病気に合併するものが多いことです。特にHHTは多発性の脳動静脈奇形を合併することで知られており、多発性の脳動静脈奇形を見たらこの症候群を疑う必要があります。特に小児では、この疾患に合併する脳動静脈奇形は動静脈瘻が多いのも特徴です。
新生児期や乳児期には、ガレン大静脈瘤という、この時期に特徴的な動静脈瘻が発症することがあります。ガレン大静脈瘤は、脳脊髄液を作る脈絡叢という組織に関係して、大脳と脳幹のつなぎめの近くにできる動静脈瘻で、ガレン静脈という静脈が大きく球状に拡張するためこの名前があります。この疾患は、新生児期に重篤な心不全で発症するものと、乳児期に頭囲の拡大、顔面の静脈拡張、精神発育遅延などで発症するものの2種類があります。ひどくなると脳全体が萎縮する場合もあります。生まれる前に胎内で診断されることもあります。
硬膜動静脈瘻
小児の硬膜動静脈瘻は、硬膜静脈洞の形成異常によるdural sinus malformation (DSM), 乳児タイプの硬膜動静脈瘻、成人タイプの硬膜動静脈瘻の3種類に分けられます。
DSMは、硬膜静脈洞がその形成異常により著明な拡張を示すもので、頭の後半部に好発し、動静脈瘻を伴うものと伴わないものがあります。拡張した静脈洞は内部に血栓ができる傾向があり、病変の位置、血流、血栓の程度により、新生児期から乳児期にかけて、心不全、頭囲拡大や発育遅延、痙攣、脳出血などさまざまな症状で発症します。
乳児タイプの硬膜動静脈瘻は、短絡を介する血流速度の速い動静脈瘻で、多発性のことが多く、 脳の血管の動静脈短絡を伴うこともあります。しばしば広範に起こるため治療が難しい場合が多い病気です。症状としては乳児期から小児期にかけて、視力障害、痙攣、精神発育遅延などを起こします。
成人タイプの硬膜動静脈瘻は成人例と同様に、硬膜静脈洞の血栓症、外傷、手術やその他の要因により後天的に発生するもので、年長児に多く発生します。
治療法
脳動静脈奇形と硬膜動静脈瘻をあわせた、頭蓋内動静脈奇形の治療法には血管内治療、外科手術、定位的放射線治療などがありますが、新生児、乳児においては、ほとんどの場合血管内治療が第一選択の治療法となります。
小児の頭蓋内動静脈奇形は、ほとんどの場合治療適応がありますが、治療方法、タイミングと治療のゴールを明確にすることが極めて大切です。新生児期の治療は、治療のリスクが高く、使用できる造影剤の量も限られるので、稀な例外を除いて内科的治療に反応しない心不全症例に限るべきで、この時期の治療のゴールは根治ではなく、心不全のコントロールに設定するべきです。また、新生児期にMRI検査で広範な脳実質障害の認められるものは、機能予後が不良なので一般的に治療適応はありません。生後5ヶ月ごろからは、治療のリスクも格段に低くなるので、根治を目指した治療が行えますが、ガレン大静脈瘤などの複雑な血管奇形では、数年間に渡ってステージにわけた血管内治療が必要となります。手術治療や定位的放射線治療は、主に2歳以降の脳動静脈奇形に対して適応となります。
出血例の治療法
脳動静脈奇形の出血例に対しては出血への対応が優先されます。緊急で血腫をとることが必要な症例に対して、動静脈奇形切除術を同時に行うかどうかに関しては、病変の部位、種類、術前に十分な検査ができるかどうかなどによって決定されます。ガレン大静脈瘤や硬膜動静脈瘻で緊急で血腫除去が必要になるような出血を来たすことは稀です。緊急で血腫除去をする必要のない症例に対しては、脳血管撮影を行い、動脈瘤などの出血源と思われる病変が発見された場合は、その病変を血管内治療で閉塞させて再出血を予防し、その後に根治的な治療を行うことが推奨されます。根治術を遅らせる理由は、ひとつは血腫が存在するとその圧迫により血管撮影で病変が完全に造影されない可能性があることで、もうひとつは、出血により神経症状が出た場合に、それが脳の破壊によるものか、脳の圧迫によるものかわからないことです。そのため、この時期に手術をして神経症状が改善しなかった場合には、それがもともとの出血によるものなのか、圧迫されていたが回復可能であった脳組織を手術によって破壊してしまったのかがわからないことになります。したがって、血腫による脳の圧迫が消失して、可能な神経学的回復がほぼ完了した段階で根治術を施行することが推奨されます。
治療予後
若年小児の頭蓋内動静脈奇形に対する保存的療法および外科的手術の予後はきわめて不良でしたが、血管内治療の発達により治療予後が著しく改善されました。それでも新生児期に治療された動静脈奇形の予後は乳幼児期の治療成績に較べてかなり劣っています。どの疾患でも、治療前に広範な脳損傷の認められるものは機能予後不良のため治療適応はありませんが、脳損傷が限局性のものに関しては、若年小児では脳の代償能が高いため、成人に較べて予後がよいことが多いようです。
脊椎、脊髄疾患
脊髄の動静脈奇形の約半数は小児期に発症します。これらは、血管内治療が第一選択の治療法です。また、脊髄の脇の動静脈瘻や脊髄の神経に沿った動静脈瘻も小児に多い疾患で、血管内治療が行われます。脊椎の腫瘍の中には、脈瘤性骨嚢胞など小児に多い腫瘍があり外科手術の前に血管内治療が行われます。詳細は脊椎脊髄疾患の項を参照してください。