聖路加国際病院

St Luke's International Hospital

神経血管内治療科

神経血管内治療科のお知らせ

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脊髄、脊椎疾患

脊髄にも脳と同じように動静脈奇形、硬膜動静脈瘻や腫瘍が発生し、血管内治療の対象となります。動脈瘤は、動静脈奇形に合併して発生することが多く、脊髄の血管に動脈瘤が単独で発生することは極めてまれです。また、脊髄の周りの脊椎骨や軟部組織にも動静脈奇形や腫瘍が発生し、これらも血管内治療のよい適応です。どこの部位にも言えることですが、特に脊髄周辺の疾患に対して安全で効果的な血管内治療を行うためには経験が必要です。以下に主な病気と血管内治療につきご説明します。

腫瘍

脊髄腫瘍は脳と同じように、脊髄の膜(硬膜)内と硬膜外病変に分けられますが、実際に血管内治療の対象になるのは、硬膜内ではほとんど血管芽腫のみと考えてよいでしょう。適応は術前塞栓術の場合がほとんどです。栄養血管が脊髄動静脈奇形の場合よりも小さいので末梢へのチューブ(マイクロカテーテル)が難しく、また脊髄後面の血管は手術で簡単に処理できるので、非常に大きな腫瘍の場合を除いて血管内治療の対象となることはあまりありません。 硬膜外の腫瘍は、腎臓、甲状腺、乳房のがんなどからの転移性腫瘍、血管腫, 脈瘤性骨嚢胞, 巨大細胞腫, 血管外皮細胞腫, 肉腫, 形質細胞腫などの原発性の良性または悪性の骨の腫瘍が血管内治療の対象になります。術中出血を少なくするための術前治療が適応となることが多いですが、手術が難しい症例に対して症状の進行を遅れさせたり、神経症状や痛みを一時的に改善させたりするために血管内治療が行われる場合もあります。これら硬膜の外の疾患に対する血管内治療の主なリスクは、腫瘍の造影剤による濃染や前回治療による血管の歪曲、金属製インスツルメントによる血管撮影画像の劣化などにより脊髄血管の存在が見落とされて塞栓術が行われた場合に起こる脊髄虚血が主なものです。

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動静脈短絡を起こす疾患

頭部の疾患と同様に硬膜内と硬膜、硬膜外病変にわけられます。硬膜内病変はナイダスのない動静脈瘻とナイダスを持ついわゆる動静脈奇形に分類されます。動静脈瘻は硬膜内脊髄シャント疾患の約20%を占め、さらに瘻孔のおおきさによってマクロとマイクロに分類することもありますが、その場合マイクロの動静脈瘻は成人に、マクロは小児に多く発症し、マクロの動静脈瘻は特に遺伝性出血性毛細血管拡張症(Hereditary Hemorrhagic Telangiectasia:HHT)を合併していることが多いという特徴があります。

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診断と検査

脊髄動静脈奇形が疑われた場合に、最初に行われる画像診断は侵襲のないMRIです。脊髄動静脈奇形はMRIでほとんど100%異常所見が得られます。脊髄動静脈奇形の主な所見は、脊髄内や脊髄表面に見られる拡張した動静脈やナイダス、脊髄の浮腫、血腫などで、脊髄静脈の血栓化や脊髄内の嚢胞形成、脊髄萎縮、拡張した静脈による脊椎骨の変形や神経の通る孔の拡大などの骨の変化、などの所見が認められる場合もあります。また、合併する脊髄の外の血管奇形がある場合には、骨、軟部組織の血管奇形も認められます。CTは骨の変化やくも膜下出血の評価には有用ですがそれ以外はMRIの方がすぐれています。硬膜動静脈瘻は、MRIでは脊髄がむくんで脹れている所見や、拡張した静脈が認められます。 慢性期には脊髄が萎縮して小さくなっている所見が認められます。最近ではMRアンギオによる病変の部位の同定がかなり可能になって来ていますが、治療を考えた場合の検査のゴールドスタンダードは、今のところまだカテーテル血管撮影です。

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血管撮影

治療を念頭において、脊髄の血管奇形の細かい血管解剖を調べるためには、カテーテルを用いた血管撮影が必要です。数百ミクロンの正常な脊髄血管を見落とさないように、体の動きを最小限にして最良の画質を得るため、全身麻酔下で呼吸管理をして血管撮影を行う場合もあります。最良の画質を得るために、呼吸を止めたり、腸の動きを抑制したりして造影することもよく行われます。また、脊髄血管撮影では、病変の血管解剖だけでなく、脊髄および病変の循環動態が評価できます。たとえば脊髄硬膜動静脈瘻で前脊髄動脈を造影すると、脊髄の静脈性高血圧の所見として、循環時間が遅延しており、正常脊髄の還流静脈は描出されません。

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a) 硬膜内病変

症状

硬膜内の脊髄動静脈短絡を起こす疾患は30歳までに初発症状を呈するものが多く、約半数は16歳以下の小児期に発症します。最も重要な症状は、約半数の症例で起こるくも膜下出血や脊髄の中への出血です。症状は突然の背部または肩甲骨間部の激しい痛みです。くも膜下出血の出血量が多い場合には頭痛、首のうしろの硬直や意識障害をおこし、頭部CTでも頭蓋内のくも膜下出血と同じ所見を呈するので脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血との鑑別が重要です。痛みに加えて出血部以下の四肢の運動感覚障害や膀胱直腸障害を呈することもしばしばあり、これは脊髄内血腫の場合により重篤です。出血症例の再出血の頻度は長期的には高いのですが、出血後早期の再出血は従来考えられていたよりも少ないようです。非出血性の神経脱落症状は、急におこる場合、階段状に増悪する場合、持続的に進行する場合などがあり、主な原因は静脈の血圧が高くなることによる脊髄の循環障害や拡張した静脈による脊髄圧迫などが考えられます。背部痛や神経に沿った痛みを呈する場合もあり、体位により痛みが増悪するものは拡張静脈による神経根の圧迫によると考えられます。その他、合併する皮膚の血管性病変により無症状の脊髄動静脈奇形が発見される場合も稀にあります。

治療

動静脈瘻の血管内治療は、瘻孔部の動脈または静脈側でコイルか液体性接着剤(NブチルシアノアクリレートNBCA)で閉塞させ、動脈瘤は瘤内でコイルやNBCAで閉塞します。ナイダスタイプの動静脈奇形に対しては、マイクロカテーテルがナイダス内にはいれればそこからNBCAを用いるのが最善の治療法です。ナイダスタイプの動静脈奇形の治療方針は、治癒を狙うと合併症を起こす危険性が高いので、治癒は狙わず、動脈瘤や動静脈瘻をターゲットにしてこれらを閉塞し、血管奇形をコントロールして症状出現を予防または治療するようにします。動脈瘤は脊髄動静脈奇形で比較的よく見られる所見で、栄養動脈上、ナイダス内、動静脈瘻部にあるものなどさまざまで、その発生原因も血流増加によるもの, 出血に関連した偽性動脈瘤、動静脈瘻の静脈側が閉塞したものなどがありますがいずれも塞栓術の場合にターゲットとなります。特に瘤の拡大、変形などを認めた場合はこの瘤が不安定な状態にあると考えて可及的早期に閉塞治療を行うべきです。十分末梢までのマイクロカテーテルが誘導できない場合には粒状の物質で血管を閉塞させることもあります。

脊髄の動静脈奇形と同じ脊髄レベルで、脊椎、筋肉や皮膚の血管奇形を合併するものもあります。原則として症状を呈する病変を治療しますが、多くは硬膜内病変が治療のターゲットとなります。

b) 硬膜病変

症状

硬膜病変は 硬膜動静脈瘻と呼ばれます。これは脊髄脊椎の血管奇形の中で最も頻度が高く、40歳以上の中高年の男性に好発します。この疾患は、原因不明ですが、硬膜の動脈と硬膜の中の静脈の間に動静脈短絡が後天的に発生します。 典型的な臨床症状は進行性の両下肢の麻痺で、診断時には多くは両下肢の感覚障害、膀胱直腸および性機能障害を伴います。症状の進行は持続性に増悪する場合、良くなったり悪くなったりを繰り返しながら徐々に進行するもの、階段状に悪化するものなど様々です。また、10-20%では、症状の急性増悪を呈することもあります。腰痛を合併したり、排便、前かがみ姿勢、息こらえなど腹腔内圧を高めると症状が悪化する場合もあります。

治療

この疾患は放置すると進行性に完全対麻痺に至り機能的予後が不能である反面、小さなリスクと高い成功率で治療できます。したがってかなり重篤な症状を呈していても、少なくとも症状の進行を止める目的でほとんどの症例で治療適応があります。治療法には手術的治療と血管内塞栓術があります。手術治療は硬膜の内側で動静脈瘻を還流する静脈を切断するもので、比較的簡単な手術です。血管内塞栓術を行う場合は、マイクロカテーテルを用いて栄養動脈からNBCAなどの液体塞栓物質を注入して動静脈瘻の静脈側まで到達させます。粒状の塞栓物質は効果が一時的で再開通する可能性が高いので使用しません。また、動静脈瘻の栄養動脈と脊髄の栄養動脈が同じところから出ている場合は脊髄虚血を起こす危険性が高いので原則として塞栓術治療は行いません。もし塞栓術で根治できなかった場合は、経過観察にしないで引き続き手術を行うことが重要です。脊髄の動脈の流れが非常に遅い場合や、動静脈瘻の還流静脈に著明な造影剤の停滞が認められる場合は、脊髄静脈が血栓によって詰まってしまうのを予防するために、塞栓術直後から血液の凝固能を下げる薬(ヘパリン)を使います。手術治療と較べて塞栓術の利点は、1)脊髄血管撮影に引き続き同じセッティングで治療が行える。2) 手術に較べて低侵襲で傷の痛みや感染などの合併症が少ない。3) 治療翌日から離床しリハビリテーションが開始できる。4)治療直後からヘパリンで血をかたまりにくくきる。5) 塞栓術で根治しない場合は引き続き手術治療を行えばよい、などです。欠点は、液体塞栓物質により動静脈瘻の静脈側を完全に閉塞できなかった場合、塞栓術後の血管撮影で病変が造影されなくても後で再発することがあることです。私たちは塞栓術を第一選択の治療法として血管撮影に引き続き行なう方針で、塞栓術が危険な場合や塞栓術で動静脈瘻が治癒しなかった場合は同じ入院中に手術治療を行うようにしています。

治療予後

治療に成功して動静脈瘻が完全閉塞された場合には、ほとんどの症例で何らかの神経学的改善が得られます。治療後の回復は、症状が出てから治療までの期間が短いほど、また治療前の神経症状が軽いほど顕著な傾向があります。一般に運動機能と、関節の位置感覚の回復が早く、温痛覚、膀胱直腸障害の回復は遅れてしかも不完全な場合が多いようです。臨床症状が急性増悪した場合は、すぐに治療すれば術前の神経症状が重篤でも良好な回復を示す場合が多いので、緊急治療が必要です。 いったん症状が改善してから再び症状が悪化した場合はMRIや脊髄血管撮影で動静脈瘻の再発の有無を調べる必要があります。動静脈瘻の再発が否定された場合には、脊髄静脈の血栓の進行によって症状が悪化している可能性があり、この場合全身へのヘパリン投与で症状がよくなる場合があります。また、腰椎椎間板ヘルニアや末梢血管病変などが脊髄動静脈瘻とよく似た症状を呈することがあるので、これらにも気を付ける必要があります。

c) 硬膜外病変

硬膜外の動静脈奇形は動静脈瘻の場合が多く、硬膜の内側の静脈につながっていて硬膜動静脈瘻似た神経症状を呈するものは硬膜動静脈瘻と同様に治療します。稀に硬膜内または硬膜外の出血で発症するものもあります。脊椎の脇の動静脈瘻は単独でおこることと、脊髄の血管奇形と合併しておこることがあります。これらは血流の速いものが多く、症状を呈するものは血管内塞栓術で治療しますが病変が広汎なため、根治するのが困難です。脊髄神経に沿った動静脈瘻は、瘻孔がひとつで血流の速いものが多く、頸部に発症するものは、外傷性のものや結合組織疾患に合併するものもあります。これらはコイルや液体塞栓物質を用いて血管内塞栓術により治療します。脊椎の動静脈奇形は脊髄の動静脈奇形に合併するものがほとんどです。痛みや骨の破壊をおこすものは血管内治療の対象となります。これらの病変を治療する際には、脊髄病変を合併している可能性を念頭におくことが重要です。

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