大動脈疾患とは
心臓から出る、人間の一番大きな血管を大動脈といいます(図1)が、大動脈の一部が正常径の1.5倍以上に膨れあがると大動脈瘤と呼ばれます。体質に高血圧などの後天的な因子が重なっておこるものです。大動脈瘤は大動脈のどの部位にも生じる可能性がありますが、一定の大きさを超えると破裂する危険性を生じるため外科的治療(手術)が必要となります。
また、大動脈壁は3層構造(内膜、中膜、外膜)からなっていますが、内膜に亀裂が入ることによって内膜と外膜の間にて大動脈壁が裂ける病気を大動脈解離(かいり)(図2)といい、解離の起きる部位によっては外科的な治療が必要となります。
図2 大動脈解離の発生の様子(模式図)
大動脈疾患については、一般に以下のような分類がなされます。
- 胸部大動脈瘤(上行、弓部、下行);胸部でも大動脈瘤のできる場所によって、手術術式がかわってきます。
- 胸腹部大動脈瘤;胸部と腹部の中間点であり、最も手術侵襲が大きい部位です。
- 腹部大動脈瘤及び腸骨動脈瘤;腎動脈下の腹部〜腸骨にかけての動脈瘤です。
- 大動脈解離;上行大動脈に解離が及んでいるかどうかでStanford A型とB型があります。
- 外傷性大動脈損傷:交通外傷や転落外傷などによって生じる大動脈の損傷です。
当院で行える治療法
大動脈瘤を薬剤で治す治療はありません。瘤が一定の大きさに達し破裂の危険性が出てきた場合、あるいは実際に(切迫)破裂をおこした場合には同部を人工血管にて置換する、あるいは同部を減圧するような内挿血管留置,バイパス手術など、いずれにしても外科的治療が必要となります。
大動脈瘤に対する外科的治療
① 胸部:
- 開胸し直達的に瘤部を人工血管で置換する手術(人工心肺の使用を要します)(図3)
- 大腿動脈ないし腸骨動脈よりカテーテル的に人工血管を瘤内部に留置する、ステントグラフト治療。
- ステントグラフト留置によって閉塞してしまう主要分枝にバイパスを併設するハイブリッド(hybrid)手術。
② 腹部:
- 開腹し直達的に瘤部を人工血管置で置換する手術(人工心肺は不要です)。
- 大腿動脈よりカテーテル的に人工血管を瘤内部に留置する、ステントグラフト治療。
③ 胸腹部:
- 開胸開腹,横隔膜切開をおこない人工心肺補助のもとに直達的に行われる人工血管置換術。
- 内臓に行く主要分枝を開腹にて遠位部よりバイパス手術で位置替えし、胸腹部大動脈部分にステントグラフトを留置するhybrid手術。
大動脈解離に対する外科的治療
Stanford 分類は治療上重要です。
A型解離は上行大動脈に解離が及ぶ場合ですが、発症急性期に冠動脈の解離腔(偽腔)による圧排でおこる急性心筋梗塞や心臓の周りに偽腔からの染みだし血液がたまって心臓を圧迫して血圧が出なくなる状態(心タンポナーデ)、大動脈弁が解離の歪みで機能しなくなって高度逆流し心不全を招く、などの致死的な併発を起こす事が通常で緊急手術をしないと救命できないのです。
一方B型解離では安静、降圧管理で大動脈壁が次第に安定化し、手術なしで日常生活に戻れる事が通常です。
Stanford A型
解離開始部(内膜亀裂部;entryと呼ばれる部位)を含めた解離血管を人工心肺の使用下に人工血管置換術を実施します。
Stanford B型
解離が上行大動脈に及んでいないときには内科的治療(降圧薬、安静)で治療可能な事が多いですが場合によっては、解離開始部(entry)をステントグラフトでカバーして安定化させる場合もあります。
ステントグラフト治療
ステントグラフトとはステントと呼ばれる金属の骨格と、グラフトと呼ばれる人工血管が一体となったものです。これを使用した治療がステントグラフト治療、あるいは血管内瘤治療と呼ばれるものです。世界的には腹部の大動脈瘤に対して1991年に初めて施行されましたが、日本においては企業性のステントグラフトが開発された後、腹部の大動脈瘤に対しては2006年より、胸部の大動脈瘤に対しては2008年より保険適応がなされるようになった比較的新しい低侵襲の治療法です。
治療の概念としては胸部でも腹部でも同様ですが、血管造影室(当院のHybrid room図11)大腿動脈(ないし腸骨動脈)から放射線イメージと造影剤を使用してカテーテルガイド下に、ステントグラフトを7〜10mm径の筒状のものの中に収納したまま大動脈内へと挿入し、先端は大動脈瘤より中枢の正常な大動脈部分に、下端も大動脈瘤の末梢の正常な部分にて留置するものです。血流が内層の人工血管内だけを通ることで外側の瘤には血流が入り込まなくなり、血栓性閉塞、さらには退縮してゆきます。原則として開胸や開腹などを要さないので、従来の治療法では侵襲が大きく手術に耐える事ができないと考えられていた高齢者や余病の多い患者さんでも大動脈瘤への根治治療を受ける事が可能となりました。
図5 腹部大動脈瘤に対するステントグラフト内挿術(大動脈瘤・大動脈解離診療ガイドライン 2006年改訂版より)
図6 胸部大動脈瘤に対するステントグラフト内挿術(大動脈瘤・大動脈解離診療ガイドライン 2006年改訂版より)
図7 現在使用可能な腹部ステントグラフ
(2011年6月現在)
(左からGore社 Excluder®;Cook社 Zenith ®;Endologix社 Powerlink®)
図8 現在使用可能な胸部ステントグラフ
(2011年6月現在)
(左からGore社 TAG®;Cook社Zenith TX2®;Medtronic社Talent®)
図9 ステントグラフト留置術 --- 実際の透視下治療の様子
当院の治療の特徴
当院では従来の人工心肺を使用した開胸、開腹による人工血管置換術と、2008年より導入した低侵襲であるステントグラフト治療の両方を患者さんに提供できる事が可能となっています。どちらを適用するかについては、瘤の位置や近傍の主要分枝の存在の有無、年齢や併存疾患の有無などを考慮し、メリットとデメリットを理解いただいた上での患者さんの御希望を入れて決定がなされます。2011年4月より心血管センターがオープンし、施設的に、2つの心臓血管外科専用室ができた事により、今まで以上に質のよい医療を提供できるようになりました。
診療実績
- 大動脈に対する手術は心臓血管外科開設以来で総数610例(胸部大動脈手術369;腹部大動脈手術241)
- ハートセンター開設(2001年)以来で503例(胸部314例腹部189例)
- ステントグラフト留置術は2008年以来で胸部大動脈に対して38例、腹部大動脈に対して42例
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