先天性心疾患とは
生まれつきの心臓の異常を先天性心疾患と呼びますが、生まれつきの心臓病でも、生まれてすぐに症状が現れるわけではありません。症状は病気の重さによって異なり、同じ診断名でも必ずしも同じ症状を示すわけでもありません。乳児のころに手術を受ける方から、老年期になって異常に気づかれる方もおられます。
当院では、主に小児科医により管理されていた小児期の心疾患で成人となった方の管理や、成人期に初めて診断された方まで幅広く診療を行っています。また、先天性心疾患だけではなく、川崎病、心筋症などで、小児科医に経過を観察してもらっていて、成人となった患者さんの診療も行っています。
現在、医療の進歩により生まれつきの心臓病(先天性心疾患)患者の90%以上が成人期を迎えることが出来るようになりました。このような。成人先天性心疾患の方は、すでに40万人以上いるとされ(図1)、患者さんは小児期だけでなく、成人となっても定期的な経過観察を必要とします。年齢とともに、心機能の悪化、心不全、不整脈、妊娠、出産などにより病状が悪化し、治療を必要とすることもあります。また、胆石、胃潰瘍、尿管結石、肝炎など、成人期に多くみられる疾患に罹患することも少なくありません。就業、結婚、妊娠、といったライフイベントにより、心理的社会的問題を抱えることもあります。同じ心臓病であっても、小児期と成人後では、症状、問題点、管理方法が異なります。また、小児科ではなく、成人に適した診療環境が必要です。さらに、診療スタッフも、成人期の心疾患に精通していることが必要になります。小児科ではなく内科疾患に関する専門の医療スタッフも必要です。
先天性心疾患患者さんの数を経時的に示した表です。赤が小児。青が成人を示しており、1997年になると成人の患者数が小児患者数を上回り、2007年には成人患者さんだけで40万人と概算されています。今後、小児患者が成人となるため、成人の方が小児患者を大きく上回る事が予想されています。
成人先天性心疾患には、小児心疾患のすべてが含まれます。先天性心疾患、心筋症、川崎病などの小児の慢性心疾患の患者さんを、小児科・こども病院などから、引き継いで成人に適した診療体制で、専門の医療スタッフが、診療いたします。成人になって見つかった先天性心疾患の治療にも取り組んでいます。
具体的な対象疾患としては、心房中隔欠損症、心室中隔欠損症、ファロー四徴症、大血管転位症、修正大血管転位症、単心室症、川崎病による冠動脈瘤、マルファン症候群などです。未手術の場合も手術後の場合も含みます。
当院で行える治療法
成人先天性心疾患患者さんを対象として、基礎的な治療から先端的な高度の医療まで、心血管疾患や合併症の治療を行います。同時に、生まれつきの心臓病を持っているために一般の病院では診療を受けられないことが多い心血管以外の臓器の疾患、妊娠出産、消化器疾患、血液疾患、腎疾患、肝疾患、精神心理的問題など様々な問題に対して専門の診療部が共同で、総合的に診療を行います。
内科的治療
成人先天性心疾患にみられることの多い心不全、不整脈、血栓、肺高血圧、大動脈拡張、川崎病冠動脈瘤や狭窄などに対する薬物療法、狭窄部位、欠損孔や不整脈に対するカテーテル治療、不整脈に対するペースメーカ装着、うつ傾向などに対する心理療法、妊娠出産時の循環管理を含む妊娠出産管理など、幅広い範囲での診療を、基礎的治療から高度医療まで行います。心臓に感染症を起こした感染性心内膜炎の薬物療法、心臓以外の臓器疾患の場合の的確な他科紹介と共同診療も行ないます。チアノーゼ心疾患にみられる全身合併症にたいして的確な管理治療をします。また、夜間の不整脈、心不全の悪化などに対する24時間の救急にも対応しています。最近注目されている心臓リハビリテーションにも積極的に取り組んでいます。
外科的治療
成人になってから発症する先天性心疾患(大動脈狭窄など)の心臓血管手術、小児の頃に行った心臓血管外科治療で弁の劣化などにより再度手術が必要となることがあります。この様な成人期の再手術、外科と内科が共同して行うハイブリッド治療など、最新の設備と知識を応用した外科治療を行います。
当院の治療の特徴
先天性心疾患の患者さんは、生まれてから小児科医が長く診療を行いますが、思春期を過ぎて成人となると、虚血性心疾患、弁膜症、心筋症などと同じく、成人に向いた環境で診療を行う循環器内科医が担当することが必要です。
聖路加国際病院の循環器内科は、心臓病の予防から治療、さらに、リハビリも含めて多くの実績があります。そこに、成人先天性心疾患の診療を専門とする医師が赴任し、日本で初めて循環器内科の中に成人先天性心疾患の診療部門を置くことになりました。今まで日本では、循環器科で責任を持って先天性心疾患の診療を行える施設がなかったため、先天性心疾患の患者さんは成人しても小児科医に継続してかからなければなりませんでしたが、当院で成人先天性心疾患の専門的な診療を内科の環境で受けることが可能になりました。
小児循環器領域では、検査の協力が受けにくいなどの理由から、成人の循環器内科領域でさかんに行われている画像診断法である心臓CT検査、心臓MRI検査、経食道超音波検査、血管の硬さの検査、不整脈の異常伝導路を同定するなどの画像診断(図2、3)をすることが難しく、思春期以降になるまでは、もっぱら胸からの超音波検査とカテーテル検査を中心に診断方法が組み立てられていることが少なくありません。成人期においては体格の変化から、胸からの超音波検査が見えにくくなるなどの特徴があます。的確な診断と治療を行うために、最近では成人先天性心疾患領域においても種々の画像診断法が必要となってきています。当院は、最新の画像診断機器をそろえています。放射線科、生理検査部門と協力しながら、これらの最新の画像診断機器を用いて、診療をおこなっています。
図2 修正大血管転位症の心臓CT
CT検査は放射線を使用して、体の断層写真を得る事で、体の内部を詳細に調べることが出来ます。以前は常に動きのある心臓をきれいに取ることができませんでしたが、最新のCT検査では心拍数に同期させて造影剤を使用して撮影する事で、このように詳細な3D画像を得ることが出来るようになりました。新しい機械ほど、放射線が当たる量も少なくできるように工夫されています。
例の心臓は、修正大血管転位という疾患で、本来は左心室から大動脈が、右心室から肺動脈が出ていくのに対して、逆の位置関係になっていることが、一目見るだけで良く分かります。血管の狭い部分がないかなどを正確に調べるのに威力を発揮します。
図3 心房中隔欠損の心臓MRI/矢印:心房中隔の欠損
MRI検査は磁場の力を利用して体の内部を検査することが出来ます。機械の進歩により、以前より短時間で動いている心臓を映像化できるようになりました。CTと比べて、細かい部分の描出は劣りますが、動いている様子を確認できますので、主に心臓の機能や血流を確認するのに適しています。以前はカテーテル検査でしか得られなかった、情報もMRIで代用することが可能な場合があり、最近では、成人先天性心疾患部門で多用されるようになってきました。難点は、時間がかかることと、呼吸を一時的に止めたりなどの患者さんの協力がないと出来ないため、乳幼児には不向きなことです。
例の疾患は、心房中隔欠損で欠損孔(矢印)とそれを通過する血流の動きを動画で確認することが出来ます。心臓超音波検査では分かりにくい例では威力を発揮します。
成人先天性心疾患の患者さんは、心疾患だけではなく、心臓以外の多臓器の病気を合併し、心理社会的問題を伴うことも少なくありません。若い患者さんが多く、妊娠出産も経験します。このため、循環器内科、心臓血管外科、麻酔科、放射線科に加えて、産科、新生児科、腎臓内科など各種内科専門医、看護師、心理、心療内科などが加わった専門家の集まったチーム医療体制を必要とします。聖路加国際病院は、以前からこのチーム医療が広く行われています。
成人先天性心疾患の診療は、専門家が少ないため、セカンドオピニオンを含め全国から診療依頼があります。聖路加国際病院は、東京駅からも近く全国から来られる患者さんにも便利で、成人先天性心疾患の患者さんにとっては理想的な環境です。
診療実績
成人先天性心疾患の患者さんの数は、東京と東京近県を加えますと、少なくとも5万人を超えています。聖路加国際病院の成人先天性心疾患の診療は2011年4月より開始いたしました。2011年度の登録患者数はまだ100人程度と少数ですが、紹介病院は北海道から九州まで全国にわたっています。今後、複雑先天性心疾患を含む多くの患者さんが、こども病院、小児科の手を離れ、成人となることが予想されています。今後、聖路加国際病院の循環器内科、成人先天性心疾患の専門診療部門の必要性もますます高まると考えられます。
代表的な疾患
小児期の心疾患、成人先天性心疾患には、非常に多くの疾患が含まれます。代表的な疾患といっても多くの疾患があります。ここでは、これらの疾患の特徴な治療法、管理法を紹介するために、いくつかの疾患を取り上げて紹介します。
心房中隔欠損
先天性心疾患のなかでも心房中隔欠損は比較的頻度の高い疾患で、小児期の先天性心疾患の約7-10%、成人の先天性心疾患の約35-40%を占めます。左心房と右心房を隔てる壁に穴があいている疾患(図2)で、穴の大きさによって、乳児期に症状が出る方から、成人期になっても症状が現れない方まで幅広い患者さんがおられます。穴を介して血液が混ざりあうことが問題となり、呼吸困難・息切れなどをきたし、大きな穴の場合は小児期に手術あるいはデバイスを用いたカテーテル治療をして修復することが一般的です。成人期になって症状が現れる方の多くは、小児期からゆっくりと進行するため、加齢によるものと判断してしまい発見が遅れがちになることがあります。最近では心臓MRIや心臓CTの発達によって、健診で見つかる方も多く、症状が悪化する前に手術もしくはカテーテル治療により修復することが推奨されています。
ファロー四徴症
心室中隔欠損、肺動脈狭窄、大動脈騎乗、右室肥大の4つの特徴をもちます(図4)。肺動脈の発育具合で程度はさまざまですが、一般には生後しばらくしてから、泣いたりしたときに唇や顔色が紫色になるチアノーゼという現象を起こし、心臓外科手術が出来なかった時代は30歳までに多くが死亡していた病気です。日本では、1960年代半ばごろから人工心肺を使った手術が全国的に行われるようになり、現在では多くの方が成人となり社会生活を営んでいます。ファロー四徴症の手術の多くは、通常の心臓と同じ血液循環を作り出すもので、"二心室修復術"と呼ばれています。大まかな血液の流れは、正常の心臓と同じになりますので、以前は"根治術"と呼ばれていました。赤ちゃんの頃に亡くなることも多かった病気ですので、異常な形態を修復して通常の心臓と同じ形にすることで、症状が無くなり、子どもの成長発達が可能となりますので、当時は"根治"と考えられていました。しかし、術後の長期生存者が多くなり、術後、長い年数が経過して、成人期に入ってくると修復した部分が経年的に劣化することなどによって、肺動脈の狭窄や弁逆流による心不全、不整脈などの問題が生じてくることが知られるようになりました。現在では、必ずしも根治ではなく、長期的な視野に立って定期的なメンテナンスおよび必要に応じた再手術が必要な疾患との認識が広まっています。再手術をすることにより、心不全や不整脈が軽快して、それまでの様にQOLが改善しますし、再手術後は、長い間、元気に生活が出来るようになります。
図4 ファロー四徴候の模式図
ファロー四徴症は次の4つの特徴を持ちます。
① 心室中隔欠損(VSD)、
② 肺動脈狭窄(PS)、
③ 大動脈騎乗(大動脈が左心室と右心室を隔てる中隔に乗っている。つまり、大動脈が大きい)、
④ 右室肥大(心筋が通常より厚い)
図の中の青い矢印は全身で酸素を使用して、酸素が少なくなった血液を、赤い矢印は肺で酸素を受け取り、酸素が豊富な血液をあらわしています。*の様に、血液が心室中隔欠損を介して右室から左室に混ざる為に、酸素の少ない血液が全身に流れ、チアノーゼを起こします。
大動脈縮窄症
大動脈の途中に狭窄がある先天性心疾患で、無治療ですと成人期には高血圧・左心不全などが進行します。重症の場合や心室中隔欠損の様な心臓の合併異常がある場合の多くは小児期に手術をして修復されています。しかし、修復術を終えても成人期に高血圧をきたすことがあることが、最近の研究で知られるようになりました。また、体の発育に伴って再狭窄をきたす場合もあり、この場合は再手術やカテーテルによる治療が必要となる場合があります。大動脈二尖弁といって、生まれつき大動脈弁の異常を合併することも多く、定期的に経過観察を受けることが必要な疾患です。特に、妊娠予定の前には、心臓の専門医による病状の把握が必要です。
川崎病冠動脈瘤
川崎病は主に4歳以下の乳幼児に発症する全身の中小動脈におこる血管炎で、原因はいまだに不明とされています。乳児期の治療内容にもよりますが、5〜12%に冠動脈瘤をきたすと報告されています。とくに巨大瘤をもつ方は同部位の狭窄などに対して、薬物治療だけではなく、経皮的な冠動脈インターベンション、冠動脈バイパス手術など侵襲的な冠動脈治療が必要となることがあります。循環器内科医は、冠動脈疾患による虚血などの治療を専門としますので、これらの患者さんの多くは、成人後、小児科医から循環器内科医の管理に移ることが予想されます。多くの患者さんが冠動脈瘤を形成することなく成長されますが、冠動脈が4mm以上だった場合はその後も、成人病に認められるような血管内皮機能の異常を認めるとする研究結果もあります。川崎病にかかったことのある方は、長期的な視野に立って成人病予防を行う必要性が提言されています。
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